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- 小寒
- 旧暦では十二月節気。新暦の一月五日ごろをいいます。「寒の入り」の日をさし、まだ寒気が激甚とまではいかないが、寒さの厳しいころをいいます。「小寒の氷 大寒に溶ける」ともいわれ、大寒よりもかえって寒い場合もあります。「○月節気」とは月の初めの節目をいい「○月中気」とは月の半ばすぎの節目をいいます
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- 大寒
- 旧暦では十二月中気。新暦の一月二十日ころをいいます。気候的に一年中でいちばん寒さの厳しいころで、大寒の終わりを寒明けといいます。
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- 立春
- 雑節の基準日となります。旧暦では正月節気。新暦では二月五日ごろにあたります。東の風が吹き、氷を溶かすとして、この日から春の気配が感じられるようになる日としました。『万葉集』に「ひさかたの あまのかぐやま このゆうべ 霞たなびく 春立つらしも」とあります。
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- 雨水
- 旧暦では正月中気。新暦の二月十八日ごろをいいます。立春の後十五日目で、雨水とは、今まで雪が降ったり、凍っていた機構が緩み、水分が雨となって降るようになり、草木の芽生えが始まることをいいます。
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- 啓蟄
- 旧暦では二月節気。新暦の三月五日ごろをいいます。桃の花が咲き始め、地下の虫も冬ごもりしていた穴から現れることをいいます。鎌倉時代中期の『捨芥抄』にも、「蟄蟲(冬ごもりしている虫という意味)始振」とあります。
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- 春分
- 旧暦では二月中期。新暦の三月二十一日ごろをいいます。『日本歳時記』には「春分は、日夜の長さ等しきときなり。寒暖もまたひとし、しかれども夜明けで日の出るまでの二分半を暁とし、日入りで暮れるまでの二分半を昏とす。昏暁合て半時は夜に属するといえども、その明らかなること昼に同じければ、日夜ひとしきといえどもなお夜日は長し、冬至に一陽来復して、漸陽気生じ、日も長くなりて、春分に至り日夜ひとしくなる」とあります。春の彼岸の中日で、昔は春季皇霊祭でありましたが、戦後「春分の日」として国民の祝日となっています。
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- 清明
- 旧暦では三月中気。新暦の四月五〜六日ごろをいいます。清明とは、清浄明潔寺といわれ、春先に万物が清新の気に満ちて、肌寒さも少し残る爽やかなころをいいます。桐の花が咲き始め、地方によっては魔除けのまじないとして、柳の枝を頭に乗せる風習jも残っています。
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- 穀雨
- 旧暦では三月中気。新暦の四月二十一日ごろをいいます。植物を潤す春雨の意味から来たことばで、植物の成長を助けるために必要な時期です。
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- 立夏
- 旧暦では四月節気。新暦の五月五日ごろをいいます。この日から立秋までを秋としました。夏の気配が感じられるようになるころです。
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- 小満
- 旧暦では四月中気。新暦の五月二十一日ごろをいいます。草木が繁って天地に満ち始めるという意味で、立夏の後十五日目にくる節気です。
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- 芒種
- 旧暦では五月節気。新暦の六月六日ごろをいいます。このころにカゲロウが生まれ、また麦が実るころで農作業の忙しいころになります。
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- 夏至
- 旧暦では五月中期。新暦の六月二十一日ごろをいいます。太陽の赤緯は最北となり、北半球では南中の高度がもっとも高くなります。昼の長さがもっとも長く、夜の長さがもっとも短い日になります。
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- 小暑
- 旧暦では六月節気。新暦の七月七日ごろをいいます。暑さが増してきて、日脚がつまってくるころをいいます。
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- 大暑
- 旧暦では六月中気。新暦の七月二十三〜四日ごろをいいます。気候的にも梅雨明け後の、もっとも暑気の激しいころです。
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- 立秋
- 旧暦では七月節気。新暦の八月七日ごろにあたり、この日から立冬までを秋としました。残暑は厳しいのですが、秋の気配が感じられるようになるころです。『古今和歌集』に紀貫之は「かは風の すずしくもあるか うちよする 浪とともにや 秋は立つらん」と詠んでいます。この日より「残暑御見舞い・・・」と書くようになります。
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- 処暑
- 旧暦では七月中期。新暦の八月二十三日ごろをいいます。処暑とは暑気が止むということで、暑さが峠を越え、朝夕涼しさが感じられるようになるころです。
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- 白露
- 旧暦では八月節気。新暦の九月七日ごろをいいます。夜間の気温が低くなり、草木に露が降り始めるころです。
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- 秋分
- 旧暦では八月中期。新暦の九月二十三日ごろをいいます。秋の彼岸の中日で、昔は秋季皇霊祭でしたが、戦後は「秋分の日」として国民の祝日となっています。『日本歳時記』には「秋分の日、老妣先祖の神を祭るべし、夏至に一陰生じてより後、陽気日々に長じ、日もようやく短し、春分にいたりて、日夜ひとしく、寒温もまたひとし。」とあります。
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- 寒露
- 旧暦では九月節気。新暦の十月八日ごをろいいます。露が寒冷の気にあって凍る手前にあるといわれ、朝露も冷え、秋が深まるころです。
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- 霜降
- 旧暦では九月中気。新暦の十月二十三日〜四日ごろをいいます。夜間の冷え込みが厳しく、霜が降り始めるころをいいます。
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- 立冬
- 旧暦では十月節気。新暦の十一月七日ごろをいい、この日より立春まで冬としました。冬の気配が感じられるようになるいころです。
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- 小雪
- 旧暦では十月中気。新暦の十一月二十二日ごろをいいます。寒さがまだ深まらず、雪もまだわずかなころで、冬を迎え時には雪が降り始めるころになります。
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- 大雪
- 旧暦では十一月節気。新暦の十二月七日ころをいいます、降雪が多くなるころです。
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- 冬至
- 旧暦では十一月中期。新暦の十二月二十二日ごろをいいます。『世諺問答』に、朔旦冬至は非常にめでたいことであるとして、このときには宮中でも対象出御され、賀辞受けられたことが記録に残っています。一年中でいちばん日照時間の短い日で、昼の長さがもっとも短く、夜長をかこつ日です。昔の人は、次の日から日が長くなっていくことを祈り、物忌みを行った日です。冬の厳しさに備え、栄養価の高いもの、また保存のきくものとして南瓜(南京)を食べました。昔は珍しい食べ物でもあったことから、現在でも地方によっては珍しいものいを食べ、清浄に過ごす習慣もあります。
この日には、柚湯に入る週間もあります。柚の果実の熟す時期は、木枯らしの吹きすさぶころで、肌が荒れがちとなりますが、この果汁を肌にすりつけておきますと、ひび・あかぎれ・しもやけ等の予防になります。浴湯料として用いますと、精油等が湯に溶け出し、肌を軽く刺激して血液の循環をよくして保温に役立つことから、肩凝り、神経痛の痛みを和らげ、冷え性などの保温にも効果的であるといい、生活の知恵が生かされいます。
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